白い雪がチラチラと舞い、冷たく澄んだ外気があたしの頬を赤く染める。

12月25日、早朝。

凍える手を擦りあわせて暖をとろうと息を吹きかけると、
一瞬で熱を失ったそれは白い煙のように膨らんで、ほどなくはかなく解け消える。

宿に連なる客室の窓はその殆どがしっかりと閉じられていて、
漏れ出る明かりも殆ど見えない。

一部屋だけ、うっすらと隙間の空いている窓。

その隙間から吊り下げられた片方だけの靴下が、ゆらゆらと風に靡いて揺れていた。

「さむっ」

すぐに終わらせるつもりだったから、上着を7枚しか着なかったのは間違いだったかも。

裾から袖から首からと容赦なく忍び込む冷気に震えながら、
あたしはポケットから小さな包みを取り出した。

『浮遊』

小声で唱えた呪文で宙に浮かんで、下がった靴下に近づいていく。

すっかり雪で濡れてしまっていて冷たいそこに手の中の包みを落とし込んで、
音を立てないように部屋の中に押し込んでから窓を閉める。

この分だと気づかれていないかな。

にんまりと微笑みながら、あたしは早々にその場を立ち去った。




「おはようございます! 随分とお早いんですね!!」

元気の良い挨拶はここの看板娘、リーザさんのものだ。

「おはようございます。さっそくで悪いんだけど、何か温かいものでも飲ませてくれない?」

「あら、早朝のお散歩にでも行かれたんですか? 鼻の頭もほっぺも真っ赤ですよ。
 じゃあ、ジンジャーティーでも用意しますからそちらにどうぞ」

厨房に一番近い席を示されてそっちに移動すると、
父親のガルフさんが両手に薪をぶら下げてやってきた。

「おや、おはようございます。 すぐに暖炉をつけますから」

こんな時間に客がいるとは思っていなかったのだろう、
パタパタと火の支度を急いでくれる大きな背中に礼を述べて、しばらく。

「お待たせしました。 ありあわせのもので悪いんですけど、よかったらこちらもどうぞ」

コトン。

朝食の準備に忙しいだろうに、淹れ立てのお茶と一緒にチーズとハムとレタスを
挟んだバケットサンドまで作ってくれていたらしい。

「ありがと、いただきます」

ぱふっと手を合わせて、両手で捧げ持ったバケットサンドにさあ、一口目。
だったはずなのに。

「お、いいもん食ってんのな」

背後から聞こえた声と、あたしの手を包むように捕まえたでっかい手が
、あたしの手ごとバケットサンドを頭の上まで持ち上げて、
ついで小気味良いパンを齧る音が。

ぱらぱらと零れ落ちるパン粉が前髪に散って、払い落とすために頭を振れば
「わりーな」と、ぺしぺし優しく払い落としてくれる。

それにしても、どーしてわざわざ気配を消してきたんだとか、
あたしのバケットサンド横取りするんじゃないとか、言いたいことはあれこれあるけど。

「ね、せめて「おはよう」位は言うもんじゃない?」

くりんっ、と、振り返ると、まだ寝巻き姿のガウリイがにこにこと突っ立っていて、
奪われたバケットサンドは既に半分ほどに減っていた。

「ん、言ったぜ?」

指についたマヨネーズを舐めながら言うと、彼はとてとてとテーブルを回り込み
正面の席に腰を下ろすとあたしの顔を覗きこんで。

「さっき、窓越しにだけどな」

満面の笑みを浮かべて、言った。

「・・・起きてたの?」

うあ、気恥ずかしいったらない。

「ああ、なんとなく目が覚めてな。したら外からごそごそ音がしてて、
靴下を中に入れる時にお前さんのグローブが見えたから」

すっげー嬉しかったんだぜ!と
子供みたいに無邪気な笑顔を浮かべるガウリイを見ているうちに、
恥ずかしさは失せてじんわりとした暖かさが胸の奥から湧き上がってきた。

「で、お願い事は叶ったのかしら」

「ああ。 ありがとうな、リナ」

「あたしじゃないでしょ、プレゼントをくれたのはサンタさんでしょーが」

「サンタでリナだから一緒だろ? とにかく、ありがとうな」

ポソポソと話すうち、ちらほら他の客も姿を見せて、ほどなく食堂は賑やかな戦場と化した。
クリスマスの朝はいつもより少し豪華なメニューが出るとあって、
期待に胸を膨らませつつ早起きした人が多かったらしい。

「じゃああとで」

「ああ、ゆっくりでいいぞ」

食事を終えてお互いの部屋に戻る際、ガウリイが妙ににこにこしているなーとは思ったけど、
初めてのクリスマスがよっぽど嬉しかったのかな。なんて考えていた
あたしは、自室の机の上に置かれた小さな包みを見つけた瞬間、納得した。

真っ赤なリボンをほどき白いなめし皮の袋を開くと、中に見えたのは
銀色の煌きを放つシンプルなリング。

「まったく、油断も隙もないんだから!」

にやけてしまう頬をとめることも出来ず、あたしは手の中のプレゼントを転がしながら、
ガウリイになんて言おうかと考えて、考えて。

いつまで経っても出てこないあたしを心配して部屋を訪ねてきたガウリイに、
結局あたしも「ありがとう」としか言えなかった。

だって、思いがけず一番欲しかったものを貰っちゃって、
とてもじゃないけど頭が回らなかったんだもん。

照れながらガウリイに嵌めてもらった指輪が、朝の光を弾いて輝いた。




その内側に刻まれていたのは「G Love L」の文字。